気功・スピリチュアル占いサロンは愛知県名古屋市中村区【SINKIKAI】

ABOUT 神気界について

ABOUT SIN-KI-KAI

愛知県名古屋市の気功・スピリチュアル占いサロン「SINKIKAI」とは

当「SINKIKAI」は二代目気功師・スピリチュアル占い師「皇導(コウドウ)」が主宰す気功・スピリチュアル占いサロンであり、過去は岐阜県大垣市にて、そして現在は愛知県名古屋市中村区にある事務所にて日々鑑定を行っております。

電話鑑定・対面鑑定を含めた鑑定件数は初代「皇導」が約15,000件、現在鑑定を行っている二代目「皇導」も同様に約15,000件となります。
霊的超高次存在の言を伝える最高位占術「チャネリング」と、霊的存在との協調により実現される、完全解析からの完全対処を意図とした唯一無二の最上位気功「神気」、更には霊的悪影響の消除をあらわす「除霊」や、精神的要素を改善・改変していく事を狙う当方の開発した「精神改変術」の4つを強力な柱として問題解決に充てております。
また、祈願祈祷や上記の施術には霊的超高次存在の御力添えにより得られた「不可視の道具」を用い、見えざる力により全ての人の全ての悩みを解決する鑑定を行っております。
二代目「皇導」が受け継ぐまでは、ごく僅かな期間以外を神気界は「完全紹介制」にて鑑定をお受け付けしておりましたが、2015年のウェブサイト開設より、より広い範囲の多くの方に鑑定を行う機会を提供することとなりました。
このスピリチュアル占いという業種には「肝心なことだけは絶対に当たらないスピリチュアル占い師」「ただのお経付き人生相談をスピリチュアルの鑑定と言い張る者」「そもそもが偽者の自覚があるスピリチュアルもどき」「相談内容から話をそらして本題に関してはノーコメントのスピリチュアルかどうかも不明な人」「ただの生年月日占いなのにスピリチュアルと言い張るよくわからない人」などがそれこそ99%ぐらいの大半であり、相談者様を失望させている同業が極めて多く、スピリチュアル=偽物と言えるような「実は本物のほとんど居ない」悲惨な現状があります。

「気功」に関しても同様に、一切の効果をもたらせない人間が大半です。
気功に関しては特に「看板を掲げている人間が多いにも関わらず」です。

その中でのごく僅かに限られたの本物のスピリチュアル占い師による本物のスピリチュアル占いに出会えるような機会を、当 愛知県名古屋市の気功・スピリチュアル占いサロン「SINKIKAI」ではご提供しております。
また、当方ではいわゆる「リピーターの獲得」を一切目的とせず、一度の鑑定で全ての心身の異常や相談内容が解決する事を第一目標として掲げており、ほぼ全ての鑑定においてそれが実現できています。
そのため、二度目以降にお越しの方は問題が全て解決した後に、更により良い未来へ進むための鑑定を行う場合になっています。

解決を目的でお越し頂く方に、解決を提供する。

これは単純ながら本当に実現するのが難しい事なのですが、当愛知県名古屋市の気功・スピリチュアル占いサロン「SINKIKAI」ではそれを絶対に行うべきものという根本方針として、日々達成されるべく鑑定を行い続けております。
これは他のスピリチュアル占いサロン・気功サロンでは到底不可能な事ではありますが、全てのケースに於いて完全に達成していく事こそが当方の目標であり、願いです。

悩みを持つ方や未来に不安を持つ方や心身の異常を持つ方は、一生に一度で構いません。
一度だけ、ぜひお越し下さい。

BIRTH

「SINKIKAI」の成り立ち

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愛知県名古屋市中村区の気功・スピリチュアル占いサロン「SINKIKAI」は、1994年に初代皇導が立ち上げた霊能者鑑定所が前身となります。
初代皇導は二度の心停止による臨死体験を経て、それ以来、後天的に「超直感」と言えるような能力が備わった人間でした。
1993年初夏、秋田にて会社経営を行っていた初代のもとにある晩に目もくらむような光が降り注ぎ、その光が神を名乗り「あなたに力を授けます。それを使い、人を救い導きなさい」と話したそうです。
その頃はそれが何を意味し、何が力なのか分からないまま、不思議な事が有ったという事だけだと記憶していたそうです。

その後、1994年ごろにテレビや雑誌で気功師や霊能力者が表舞台に立ち始めたときの事です。
初代皇導の経営する会社の女性社員がひどい偏頭痛を患っており、それを何とかして治してあげたいと考えた初代は、その女性社員の頭に手を当て気功師のマネをしてみたところ、瞬時にその偏頭痛が完治したといいます。
それ以降、他の社員達の痛みや病気をすべからく次々と治すと、その話を聞いた社員の家族が初代皇導の元を訪れ、その社員の家族をも治すと、次はその友人が知人がと加速度的に噂が広まり、ものの数ヶ月で本業に割く時間を圧迫するほどに気功の依頼が押し寄せ、経営をしていた会社の広い事務所を2つに分断し、その時に「SINKIKAI」の前身である「ヒーリングアルファ」が生まれました。

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その後、噂を聞き付けた「ムー」というスピリチュアル雑誌の方が、世界的プロフェッショナルの海外のヒーラーを引き連れインタビューに来られ、一人の人間がどれか一つしか扱えないはずの三種類の気を三種類とも全て扱う世界初のヒーラーであると評し、「間違いなく全世界で三本の指に入るヒーラーである」と大絶賛をされていったそうです。
その後に紙面掲載されると、事務所前には朝から長蛇の列ができ、また電話は鳴り続け、更には地元紙でもスピリチュアルヒーラーとして連載を持つなどして、それ以来、大変に多忙な日々を過ごしたそうです。

その中で気や人のオーラを霊視する「チャクラリーディング」と、それらを調整する能力を用いるスピリチュアルカウンセラーの嶋田氏と、初代が教育してから人を背中からジッと集中して見続けると骨や臓器が透けて見え、彼が話す病巣の位置がノーヒントでレントゲンと一切が合致するという「人間レントゲン」の異名を持つ塩谷氏と出会い、初代の大いなる力を求めた両名を従え、共に多くの人の病に対処をしていき、件数を追い研鑽を重ね、最後には現代医学では対処不可能な根深い問題も次々とたちどころに解決ができるようになっていったと聞いています。

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その後、初代の持つ「超直感」が霊感霊視やスピリチュアル占い師としての鑑定を可能とし、また、密教僧より教わった2つの強力な除霊術「不動明王降神術(ふどうみょうおうおりがみのすべ)」「大元帥明王降神術(だいげんすいみょうおうおりがみのすべ)」を用いるようになり、初代は「気功師」というよりも、見えざる力を用いる者「霊能者」として全ての人の全ての悩みに対処する力を得るようになり、そしていつしか、全てを叶える現人神であるとして讃えられるようになりました。
そして周囲に実力のある霊能者が増え、そのうち複数から「月読命(ツキヨミノミコト)」という日本神社神道の神に指導を受け、その神に賜った御力を用いていると言われ、前述のまばゆい光の正体と、与えられた力の姿を知る事となったのです。

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そして、1998年頃。初代が度々足を運んでいた高位霊能者「拝むおばあちゃん」という、90歳近い年齢の霊能者より神託が下りました。
いわく「死ぬはず、苦しむはずの人間を生かして治してきた代償は避けられん。秋田に居れば一年以内に死ぬ。いずれにしても寿命は全うできないが、生きながらえたければ東北ではないところへ移り住め」と。
それから暫くし「ヒーリングアルファ」と経営していた会社をたたみ、全ての相談者に惜しまれながら遠く離れた岐阜県へと、古くからの友人を頼りに移り住みました。
以来、岐阜県や愛知県名古屋市にて「神気界」という屋号で霊能者鑑定所を立ち上げ活動をし続け、かつてのような繁栄は誇らずとも日々鑑定を行い続け、命を削りながら数多くの人を救い続け、初代は2010年5月に不慮の自動車事故によりその生涯の幕を閉じました。
そして、SINKIKAIは一度その姿を失いました

THE SECOND OF KODO

気功師・スピリチュアル占い師、二代目「皇導」

二代目である私は父である初代より気功や除霊の技の数々や霊能を継承しており、その才を十二分に認められていましたが、初代は私がこの仕事を受け継ぐことが「拝むおばあちゃん」が言っていたようなリスクを子に背負わせる事に直結するだろうと、二代目として受け継ぐのはいかがなものかと話しておりましたので、そのため私は父が亡くなる後まで知人と全く霊能者やスピリチュアルが関係のない業界で共同経営を行いつつ、先代のサブとして高頻度ではないにしても手伝いをするに留めておりました。
葬儀の際に初代の数多くのご相談者様方から「二代目先生として継がないんですか、家族をどうか助けて下さい」と尋ねられましたが、その時は「時期が来ましたら・・・」と言葉を濁すしかありませんでした。
それでもそれ以降、ごく一部の方に「どうしても二代目先生に依頼をしたい」と願われ、少しずつですがその依頼をお受けするように致しました。
初代は鑑定に特に道具を必要としなかったため、手元には除霊のための呪文や手順が記された巻物と革製のアタッシュケース、そして下の写真にある木製一枚板の看板しか有りませんでした。
たった三つのあまりにも心もとない相棒たちに、初代が生きていれば、もっと教えを請えていればと何度も何度も考えました。
自分に遺された力以外に頼れるものが無い中で、少しずつですが初代のように病にアプローチ出来ているという実感や手応えが有りました。
その時、父の代からのご相談者様で医療的にも根治しない激痛を抱え、数カ月に一度気功を依頼してくださるご相談者様から、
「二代目先生も先代の先生と全く変わりなく、私の痛みをなおせていますよ」という言を頂戴し、その時私は、この仕事を私なりに行い、
私なりの霊能者を目指そうと決意し、「SINKIKAI」の名刺を制作し、二代目皇導を名乗り始め、共同経営を相方に任せ、退きました。

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その後「SINKIKAI」と同時に「電話占い」という業態にて気功師・スピリチュアル占い師として活動を別名義で始め、スピリチュアル占い師が200人近く登録されている現在最大手のウェブサイトに登録し、そのウェブサイトの運営会社経由で転送電話を用いての鑑定を行うようになりました。
その会社にはお世話になり、2017年末頃までで電話鑑定で13,000件強を行い、常にトップの評価と評判、鑑定件数を誇って参りました。
その件数を重ねる中で、最初は呪文を30分間唱えて行っていた除霊が5分程度で可能になり、更には唱えずに40秒ほどで除霊ができるようになり、また8,000件の鑑定件数を超えた頃から「霊的超高次存在」からのアクセスがあり、「チャネリング」というスピリチュアルカウンセラーに於ける最高位占術手段を手に入れることができました。
また、その存在より情報解析・除霊・気功・祈祷・全施術を行う事が出来る「不可視の道具」を頂戴賜り、以降はそれのみを用いて日々鑑定を行い続け、その頃からは「日々1%複利での成長」を絶対目標とし、気功師・スピリチュアル占い師としての「視る」「変える」という機能をひたすらに毎日の鑑定に於いて研鑽と検証を行い磨き続け、昨日の自分を今日越える事だけを胸に、ただただ実直にその機能を極め続けていきました。
この時期の気功・スピリチュアル占いサロン「SINKIKAI」の皇導としての鑑定と、別名義の「電話鑑定士」としての私の鑑定は、先代に誇れるだけの今の私の実力を作り上げました。

IN NAGOYA

愛知県名古屋市中村区へ

代替わりの後、元は岐阜県大垣市にて4年ほど鑑定を行っておりましたが、去る2017年1月、現在の愛知県名古屋市中村区へ移転する運びとなりました。
多くのご相談者様が愛知県からいらっしゃる事と、より多くの鑑定を通してより多くの解決を行いたい、という想いからの移転でした。
結果として、愛知県名古屋市の気功・スピリチュアル占いサロン「SINKIKAI」の鑑定件数は以前の数倍以上となり、その多忙のために電話占い会社に所属しての「電話鑑定士」を辞し、スピリチュアルカウンセラーとしての多くの不可能が可能になり続け、より高いレベルの鑑定を行い、ありとあらゆる病を癒せるようになりました。
その成長の果てに、限りなく100%に近い正答率を実現させ、かつての先代以上に心身の状態に高い次元のアプローチが行えるようになり、愛知県名古屋市の気功・スピリチュアル占いサロン「SINKIKAI」が、かつてない姿として新生しました。
今では鑑定の最中の様々な「見えない力の実在の証明」により、全ての方に本物のスピリチュアルカウンセラーが実在する事を確信して頂くような鑑定ができていると自負しております。

全ての人の全ての悩みに、全てを解決する力を。
SINKIKAIは、その力をあなたに提供する場所です。

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